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TPPの憂鬱を読んで

 2011-11-24
私が早稲田大学院生時代にお世話になった若田部昌澄教授が、Synodos Journalで「TPPの憂鬱」という論文を掲載していました。当時は、まだ助手だった若田部先輩は、今では経済論壇に欠かせない論客となっています。先輩の文章は、私もよく参考にさせて頂いています。というのも、経済学が世間の役に立たないと言われて久しいですが、若田部先輩はそうした意見に鋭く切り込み、経済学の基礎的な分析が今でも有用なことを証明し続けているからです。

海外に目を転じてみると、毀誉褒貶はありますが、プリンストン大学のポール・クルーグマンが同じような仕事をしています。2008年にノーベル経済学賞を受賞している、国際貿易論では誰もが耳にする経済学者ですが、シニカルな論調が全米でも受けて、ニューヨークタイムズのコラムニストとしても活躍しています。経済学というとらえどころのない学問を、基礎的な知識を使って時事問題に切り込む姿勢は参考となります。

このように、最近は、経済学者が文章を書くようになりました。非常に良いことです。象牙の塔に籠って数式と計量経済の分析だけをしている時代は過ぎつつあります。

やはり、日本人の経済学者ならば、日本経済についても論じる必要があります。下記の論文は、若田部教授のTPPに関するものです。前回の片岡剛士氏の論文と合わせて、経済学の視点を学ぶことができます。

確かに、若田部教授が指摘しているように、非常に混乱した議論が横行しているのを見ると、憂鬱な気持ちになりはしますが、見過ごすわけにはいきません。



転載始め

TPPの憂鬱 ―― 誤解と反感と不信を超えて 若田部昌澄
2011年11月09日

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐる議論がにわかに熱くなってきた。反対論を唱える本がすでに昨年から今年はじめにかけて出版されているよう に、議論そのものはすでに1年近くつづいている。反対派の代表ともいえる中野剛志氏(京都大学工学部准教授)の『TPP亡国論』(集英社新書)は2011 年3月の刊行だ。だが、野田佳彦首相が11月12、13日に開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)に向けて、交渉参加の決定を下すとしたことで 議論のボルテージが上がってきている。

しかし、議論が熱くなればなるほど、TPPについて論じることは憂鬱でもある。議論があまりに事実誤認に基づいていること、あまりに多くのことを混同していること、あまりに対立激化していることなどなど、理由は多い。もっとも憂鬱とばかりも言っていられない。もう少し説明をしてみよう。

■自由貿易をめぐる誤解

TPP反対論は、煎じつめれば貿易自由化への誤解、アメリカへの反感、政治への不信の3点くらいになるのではないだろうか。

第一に、貿易自由化をめぐる誤解だ。去る10月27日、中野剛志氏がフジテレビ系の『特ダネ!』に出演したときのことである。笠井信輔アナウンサーが、前原政調会長が外相時代にTPPについて、「農業は日本の国内総生産(GDP)で見て1.5%ほどにすぎない、98.5%のことを考えなければならない」という発言を紹介したところ、中野氏は「今回の震災で被害にあった東北の人は0.5%だ。だからといって少数の人を切り捨てるのか」と一喝した。前原氏の真意はわからない。しかし、ここでは明らかに「多数がトクをするために少数がソンをする、犠牲になる」という構図が描かれている。中野氏の場合は、少数がソンをするのならば、そうした政策は(いかなる意味においても?)実行してはいけないと述べているように聞こえる。

しかし、これがそもそも誤解のもとだ。TPPの要点は、加盟国の関税の原則撤廃と、各国共通のルールづくりの2点にまとめられる。これは市場の拡大と、市場のインフラづくりにあたる。経済学者は、このふたつに反対のしようがない。巷にあふれるTPP関連本に反対が多くて賛成がわずかしかないこと、そして貿易論や国際経済学者の発言が反対論者の数に比べて少なく感じられるのは、あまりに経済学者が当たり前にすぎると考えているのかもしれない。

さらにいえば、今回の決定は交渉参加をするかどうかである。「自発的に入る取引には利益がある、利益がなければ取引には入らない」というのが大原則である。一度交渉したら辞めることはできないということをいう反対論者もいるが、世界貿易機構(WTO)や自由貿易協定(FTA)、経済連携協定(EPA)など、交渉が延々とつづいているものの妥結に至っていないものは山ほどある。そして市場をうまく機能させるのにルールなどのインフラづくりが欠かせないことについては、最近の経済学がむしろ強調するところだ(ジョン・マクミラン『市場を創る』NTT出版、2007年)。

■見え隠れするゼロサム的世界観

もう少し利益について述べてみよう。市場の拡大が望ましいのは、それによって多数派がトクをするからではない。少数派のソンを上回るだけのトクが発生するからだ。このトク、利益がどのように生まれるのかという理論の話をすればきりはない。理論的には保護貿易のほうが、少なくとも自国がトクをするという話はいくらでもある。しかし、そういう理論をつくって2008年度のノーベル記念経済学賞を受賞したポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)が強調するように、それでも頑健なのは自由貿易のほうだ。

TPPについては各種の数字が出ている。いずれも第一次近似として考えたほうがよいし、市場拡大の利益を厳密に数値化できるわけではないにせよ、参考にはなる。それでも内閣府のいうように実質GDPは0.54%(金額ベースで2.7兆円)増える(ちなみに農水省のいう損害額7兆円あまりは農業関連のGDPすら上回るという眉唾な数字である)。これをその程度にすぎないとみるか、第一次近似としてはまずまずとみるかで判断は異なるかもしれない(片岡剛士氏によれば、この数字は関税の撤廃だけを考えたもっとも控えめな数字である。さらに非関税障壁やサービス貿易障壁を撤廃した場合は考慮されていない。『The Neo Economist』Vol.35、2011年11月2日)。だが、重要なのはソンを上回るだけのトクが生まれるということだ。貿易自由化は典型的なプラスサム(トクがソンを上回る)の世界である。

厄介なのは、TPP推進派の側にも、反対派の側にもかつての重商主義的な、あるいは戦略的通商政策的な、つまるところゼロサム的な世界観(「ある人のトクは別の人のソン」)が見え隠れすることだ。かつて松尾匡(立命館大学経済学部教授)がまとめたように、いわゆる構造改革派と反対派の議論は経済学と反経済学の対立ではなかった。それはむしろ反経済学同士の激突であったとすらいえる(「「経済学的発想」と「反経済学的発想」の政策論」野口旭編『経済政策形成の研究』ナカニシヤ出版、2005年)。ゼロサムの世界には妥協の余地がなく、競争は戦争、あるいは生存競争にたとえられる。賛成論者は輸出を促進するからTPPは良いといい、反対論者は輸出を促進しないからTPPは悪い、という。

■農業は「補助金政治の先進部門」

農業をめぐる議論がまさにそうだ。すでに何人かの識者が明確に指摘しているように、農業はTPPにとって大きな問題ではない。しかし、TPP推進派はこれまで微温的に保護されてきた農業を世界的競争にさらしてしばき上げなければならない、という。かつての構造改革派と同じ論法である。対するに、農業を保護しなければならないという側も、市場競争は弱肉強食の世界だから、弱者としての農業を保護しなければならないという点で、かつての構造改革への反対論に酷似している。

プラスサムの世界では、事情は異なる。かりに日本がTPPに参加し、農業の関税が撤廃されて農家がソンをしたとしても、それは適切に保障してやることができる。だが実際に補償を行うことは難しいから、経済学での議論は補償を実現しなくても貿易自由化は望ましいという(八田達夫『ミクロ経済学I』東洋経済新報社、2008年)。さらに進んで八田達夫氏(大阪大学招聘教授)はあらゆる分野で既得権の打破を進めていけば、結果として全員のソンを補償することが可能だともいう(八田達夫『ミクロ経済学?』東洋経済新報社、2009年)。

経済学の世界ではこれが最善かもしれないが、実際には現実にソンをする人を納得させる補償を政治が制度化しなければ議論は進まないだろう。TPPではそういう制度を開発する余地は残されているし、関税以外にも補助の仕組みはある。幸か不幸か農業部門は世界的に見ても補償の仕組みが開発されてきた「補助金政治の先進部門」である。そもそもTPPは補助金を議論の対象にしないし、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの農業国でも補助金を維持しているところは多々ある。だから生産農家への補助金に切り替えればよい。本来ならば、戸別所得補償制度は、貿易自由化を見越した措置だったのだ。ただし、現在の制度は減反をする生産者に補助金を与えるというように、生産者のインセンティブを正しく刺激しない。これは変えなければならないだろう。

■デフレ・円高は別の政策割り当てで

なお、「デフレや為替の変動のほうが大事であり、TPPは比較すると小さな問題である」という意見がある。これは各種の反対論のなかでもっとも理屈が通っている。まず為替の変動が深刻な問題であることについてはその通りである。現在の円高はきわめて深刻であり、一刻も早く本当の円高対策、すなわち日本銀行による金融の大緩和政策を行うべきである。しかも現在の円高はデフレとコインの裏表の関係にあり、デフレ脱却はいわゆる「行き過ぎた」円高解消につながる。さらにいえば、せっかくTPPに入っても為替が円高に振れるならば元も子もない。TPPの利点を最大限に生かすためにも円高を是正すべきである。

しかし、円高対策のほうが重要であるからといって、TPPの問題が重要でないということにはならない。ここで念頭に入れておくべきは「政策割り当ての原理」だ。これは原則としてふたつの望ましい政策目標があれば、ふたつの政策手段で対応するのが合理的とする考え方だ。

デフレ解消と円高の是正は短期において実現できる望ましい政策である。他方、TPPは長期において望ましい政策である。関税撤廃と将来にわたる市場を支えるルールづくりのどちらも時間がかかるだろう。このふたつを同時に推進して悪いわけがない。

もちろん、デフレ脱却、円高是正を進めることで関税撤廃やルール交渉に影響が生じるのならば別の話である。しかし、TPP反対論者の多くはデフレと円高が進んでいるところでTPPを推進するのはおかしいといっているのだから、デフレ脱却、円高是正政策を推進することに何ら反対する理由はないはずだ(なお、TPPを進めるとデフレが進むという議論は、TPPを進めるとデフレが解消するのと同じように単純な間違いである。若田部昌澄「‘アジア+欧米’で中国に対峙せよ」『Voice』2011年7月号)。

■あらゆる政策は変化を前提としている

貿易自由化は、産業構造の変化を前提としている。なかにはどうしても変化を欲しないという意見も散見される。しかし、あらゆる政策は変化を前提としている。金融緩和を行うために金利をゼロにすると短資会社が困るという人たちがいる(実際には大事なのは短期金融市場であって、それは短資会社がなくても運営可能である)。円高を是正すると損害を被る人々が生じる。円高のメリットを生かせという議論が出てくるのはそのためだ。

しかし内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルによると円高になると全体のGDPは減るし、円安になると全体のGDPが増える。かりにソンがあってもトクがそれを上回るはずだ。典型的には経済成長が変化を前提としている。変化を完全に嫌うのならば、すべてが現状維持になってしまう。それでも、農業は特別だというかもしれない。しかし、他の産業が特別でなく、農業が特別だというのならば、そのことを他の国民に説得しなければならないだろう。さらにまた変化を拒絶することで生じるソンについてはどうするのだろうか。変化を拒絶する人々はそれを補償してくれるのだろうか。

■アメリカへの反感

第二の反米感情に移ろう。よくTPP反対派は、TPP交渉国のGDPを比較して、加盟国中日米のGDPが圧倒的に多いことを指摘し、これは実質的に日米自由貿易協定(FTA)であり、アメリカが日本の市場を狙っているのだ、という。本当を言えば、貿易額でみるとアメリカにとって日本の占める割合は40%弱にすぎないから、日本のアメリカにとっての重要性は誇張されている感がある。逆に貿易額でみると日本にとってアメリカは60%程度を占める(TPP研究会最終報告書にまとまっている。http://www.canon-igs.org/research_papers/pdf/111025_yamashita_paper.pdf)。

しかし、かりに実質的日米FTAだとしても、そのどこが問題なのかがよくわからない。TPPのかわりに日米FTAを進めればよいというのは、反対派の論拠としては説得力がない。というのもその日米FTAは、まさにTPP反対論者が挙げる議論によって頓挫してきているからだ。TPPが望ましいのは、二国間のFTAよりも有利に交渉し、実現できる可能性が高いことにある。

こうみると、本当のところ反対派はアメリカとの交渉することそのものを嫌っているのではないかとも思う。あるいは「自発的に取引に入るならば利益がある」という前提を疑って、今回のTPPはアメリカから強要されたと考えているのかもしれない。だが、これほど事実から隔たりのあることはない。日本のTPP参加意欲は、昨年、菅直人前首相のときに表明された。それが唐突に聞こえたとしたらそれは菅直人氏が唐突に発表したからである。

誤解のないようにいうと、アメリカにとってTPPの交渉参加にメリットがあるのは明らかだ。そもそもTPPはシンガポール、ブルネイなどの4か国から始まり、それにアメリカが乗った経緯がある。しかし、ゼロサム的世界観に立つのでないかぎり、アメリカがトクをするから、そこに入ると日本がソンをする、あるいはアメリカが日本にソンを押し付けようとしているというのは短絡的である(先に挙げたTPP研究会報告書は、アメリカ内部の利害対立について言及している)。

TPPは、参加国全員を拘束するルールをつくらなければならない。アメリカは強力に自国の利益を追求する交渉を進めるが、他の国も強力に交渉をしてくる。そこにはベトナムのような手ごわい国もある。オーストラリアやニュージーランドのように交渉に手なれた国もある。各種国内規制は今回のTPPでも維持されるし、民主党政権のアメリカが国内の労働規制や環境規制を開発途上国並みに引き下げることができるわけがない。アメリカがいろいろと注文を出してきたとしても、アメリカの思い通りになりにくい仕組みがまさに今回のTPPだ。

これはメリットでもあるし、デメリットでもある。アメリカが求めるルールがそのまま実現しないならば、日本が求めるようなルールづくりもできないかもしれないからだ。忘れてはならないことは、共通のルールづくりという点で、日本はアメリカとの利害の共通性があるということだ。今後、共通のルールづくりにおいて目標としなければならないのは、中国である。ベトナムと国有・国営企業の透明性確保について議論を進めていくことは、対中国交渉の前哨戦であり、このルールづくりに成功することでメリットはデメリットを上回る。

ちなみに、これはアメリカの政策担当者がこれまでも、あるいはこれからも「理不尽なこと」、「ヘンなこと」をいわないことを意味しない。まず交渉を有利に進めるためにさまざまな牽制球を投げてくるであろう。しかし、そもそも日本の政策担当者ですら「理不尽なこと」「ヘンなこと」を言わない保証がない。オバマ大統領がアメリカの輸出を増やそうというときに、彼は先にあげたゼロサム的、重商主義的、戦略的通商政策的世界観に染まっているのかもしれない(オバマ大統領の経済観に問題があることは、今回の経済危機をめぐる過程で明らかにされた。以下のブログ記事を参照のこと。http://www.washingtonpost.com/blogs/ezra-klein/post/could-this-time-have-been-different/2011/08/25/gIQAiJo0VL_blog.html)。それでも、TPPから日本は利益を得る可能性がある。

■政治不信をこえて

第三に政治、政治家、政府への不信がある。いまの日本の政治家はデフレと円高を長らく放置してきた。100年か50年に1度の事態と言われた経済危機に対しても、対応は遅く少なかった。さらに未曾有の大震災と原発事故に対しても対策は遅く少ないのみならず、この瞬間で将来の増税を推進しようしている。こうしたいまの政治家、現政権をはたして信頼できるのか。

わたし自身、現政権の政策を批判する点においては人後に落ちないつもりである。なによりもわたしはこれまでの経済失政が政策への信頼を毀損していることを恐れている。しかし、結局のところ、個別の政策の評価と、政策実行主体の評価は分けて考えなければならない。

かりに現政権に批判的な人は、TPPに反対するのではなく、次のようにいえばよい。「TPPには賛成する。しかし、現政権は信用しない。信頼のおける政治家にTPP交渉参加を推進してほしい」と。

それ以上に日本の政治家、政治そのものに絶望し、まったく信頼を置いていないとしたらどうだろうか。結局のところ、民主制において政策をめぐる問題について何か発言するものは、政治に対して完全な悲観論者たりえない。政治にまったく期待していないという人は、TPPについても反対することすらできないだろう。歴史に名前を残すためとか、発言そのものから満足を得るというのでないかぎり、民主制のもとで政策について発言することは、たとえその可能性はわずかであっても、自らの発言によって政策が変わることを前提としている。

そして政策が変わるためには、結局のところ政策を変えうる政治、政治家を前提とせざるをえない。その政治家にとって信頼を回復するには、まっとうな政策を実行していくほかない。正直、そういう政策がどこまで実現されるかは心もとない。しかし、TPPへの交渉参加は、これまで現政権が提案しているなかではまっとうな政策であり、現実にも利益を得られる可能性は高い。こうした政策を実行することこそが政治家への信頼を回復する第一歩である。

TPPを論じることは憂鬱であるとともに、そうとばかりも言っていられないのである。

若田部昌澄(わかたべ・まさずみ)
1965年、神奈川県に生まれる。早稲田大学政治経済学術院教授。1987年に早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。その後、早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程単位取得修了。ケンブリッジ大学特別研究員、ジョージ・メイスン大学政治経済学センター特別研究員を歴任。2000年代から、経済政策を提言し、リフレーション政策支持の論陣を張る。共著には、第47回日経・経済図書文化賞を受賞した『昭和恐慌の研究』などがある。

転載終わり
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