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サッチャー革命を支えた人物とシンクタンク

 2013-04-11
HRPニュースファイル記事を更新しました。

4月8日に元英国首相のマーガレット・サッチャー女史が永眠されたことを受けて書いたものです。自由主義者としての信念はどこからきたのか。なぜあれほどまでに自由主義路線を推し進めることができのたか。首相在任中は批判も山ほど受けていた女性宰相の人生には興味がつきません。

今回の論考は、私が所属する日本税制改革協議会の内山会長から教えて頂いた話です。ハイエクの思想を自分なりに政策に応用していたことは知っていても、IEAのようなシンクタンクの存在はほとんど知られていません。

実は、サッチャー革命の成功を語るにはハイエクとA・フィッシャーが創立したIEAのようなシンクタンクの存在を無視することができません。そして、本来の意味でのシンクタンクの存在意義にも触れています。一読くだされば幸いです。


~ここから記事転載~


4月8日、英国元首相のサッチャー女史が亡くなられました。

主要な業績はHRPニュースファイル602でも触れられていますが、今回の論考で論点を補足します。

彼女はIron Lady「鉄の女」と呼ばれたほど信念のある政治家でした。J・キャンベルのThe Iron Ladyはベストセラーとなり、フィリダ・ロイド監督制作の映画は「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」という題で2012年の3月に日本でも上映されました。

福祉政策や企業の国有化によって経済が停滞した「英国病」を救い、フォークランド紛争に勝利して一時は世界的に有名になったマーガレット・サッチャーは、なぜあれほどまでに自由主義の信念を貫き通すことができたのでしょうか。天性のものなのか。それとも振付師がいたのか。あるいはその両方なのか。もちろん、一概に語ることができません。

ただ、日本語以外の情報を見ることによって、ある二人の人物とシンクタンクの存在が見えてきます。

一人目は、世界的にも有名で1974年にノーベル経済学賞を受賞したF・ハイエク。

サッチャー氏が首相就任演説で「これが我々の信じるものである」と取り出したのが、ハイエクの「自由の条件」でした。ハイエクは、ケインズとの経済論争ばかりが目立ちますが、実は法学や哲学など幅広い分野に関心が及んでいた天才学者です。

そして、サッチャー氏が紹介した「自由の条件」は世界中のリバタリアンと呼ばれる自由主義者が今でも愛読する自由主義哲学の名著です。そして、強い英国を取り戻すためには、増税や規制、福祉国家に傾く社会主義的な政策から以下の4つの自由主義政策への転換(注:ハイエクは、個別ではなく同時に徹底的に進めることが大事だと主張していた)が必要だと訴えます。

①減税 ②規制緩和 ③適度な金融政策 ④政府支出の削減

実は、上記の政策をサッチャーよりも早くアドバイスを受けていた人物がいます。世界でも指折りの自由主義的なシンクタンクInstitute for Economic Affairs (経済問題研究所 以後IEAと表記)の創設者であるA・フィッシャー氏です。

フィッシャー氏は、今では誰もが鶏肉を食べることができるように事業化して大成功した実業家としても有名です。政治家になることを志していたフィッシャー氏は、ハイエクに相談に行きます。ところが、ハイエクの答えは意外なものでした。というのは、政治家になることよりも「社会のムードを変える」ことに使命があることをフィッシャーに伝えたからです。このハイエクとの出会いと言葉が、後のフィッシャー氏のIEAの創設に至ったとされています。

フィッシャーの考え方やIEAでの政策提言は、まさにハイエクから出ていたのです。なぜなら、IEAの初代所長はハイエクだったからです。こちらも参照→http://bit.ly/16M0EDL(JTRのHP)

日本では、銀行か証券会社系のシンクタンクが多くあります。彼らの仕事は景気の予測が主な仕事だといっても過言ではないでしょう。メディアでよく登場するエコノミストとは、こうしたシンクタンクの研究員です(もちろん、単なる予測屋とは違い、立派な経済分析を行っている方もいる)。

シンクタンクのエコノミスト達は、独自のマクロ計量モデルでアベノミクスなどの効果を推計しているのですが、現実問題としてどこまで政府の経済政策に影響を与えているかは微妙です。

また、気になるのは、財務省や金融庁とのつながりが強い証券会社系のシンクタンクからは増税を肯定する論者が割合に多くいることです。おそらく、経済成長で名目金利が上昇して国債の価格が下がることを恐れているのが原因でしょう。この背景には、社債や国債を大量に保有していることと大いに関連があります。

しかしながら、本来のシンクタンクとは、政府からの資金提供を一切受けずに独立採算を原則としています。筆者は2月のインド出張で世界中の自由主義者が集まるアジア・リバティーフォーラムへの出席と併せてシンクタンクの研修を受けてきました。その観点からすると、日本にはシンクタンクと呼べるものは殆ど存在しないということです。むしろ、政府の御用組織になっているものが多いと感じるくらいです。

とまれ、サッチャー元首相が労働党や国民の反発も覚悟で自由主義路線を貫徹できた背景には、彼女自身の政治哲学への継続的な研究があったこと。そして、彼女に強い影響を与えたIEAなどのシンクタンクの存在があったことが挙げられます(J・Campbell著 The Iron Lady 参照)。

サッチャー氏の死が報道されたことによって、世界中の自由主義系シンクタンクが敬意を込めてRest in Peace(安らかにお眠りください)という表現を使っている記事が多数配信されました。また、彼女の人生と業績をドキュメンタリー動画もありました。

左派からみれば、サッチャー政権は市場原理主義や弱者切り捨てだとして批判されることも多いでしょう。

ただし、英国病を克服して経済成長をもたらしたこと。フォークランド紛争に勝利し、英国民を勇気づけたこと。最後まで自由主義者としての政策を実現しようと鉄の意志を貫いた政治家であったことは否定しようがありません。

「決められない政治」といった情けない言葉がはやる昨今ですが、サッチャー氏のような強いリーダーシップと信念(あるいは信仰心)を持った政治家の登場が待たれるのは言うまでもありません。

幸福実現党は、サッチャー氏の意志を引き継ぎ、20年間ゼロ成長という「日本病」から「自由からの繁栄」が実現できるよう、戦い続けて参ります。(文責:中野雄太)
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